【詩】目的地は池(過去作)
目的地は池
当方は思考する。
思惟を止めるという不可能な思考を。
青白い光が床に沈み、静寂の重さが鼓動を押し潰す。
虚無はすでに部屋の中央に措定され、凶器のように無言で置かれている。
思考は池である。
落ちる以前から、すでに落下は始まっている。
当方は認識する。
この歩行が前進であるという前提が、すでに誤認であることを。
足は動いている。だが帰結する地点は同一で、
思惟は円環を再編成し、同じ水面に波紋を刻み続ける。
境界は崩壊し、私的主体と他者の声は、
血の匂いを帯びた同一の言語として顕現する。
短い断絶。
息が冷たい。
存在という抽象は、
胸郭の内側で痙攣する具体として立ち上がり、
必然性という名の重力が、当方を池の縁へと押しやる。
不可避性。切迫性。
それらは善悪ではなく、
「ここに在ってよいか」という問いだけを再生産する装置である。
考えれば考えるほど、
当方は当方であるという措定を失効させ、
思考そのものが凶器となって自己を解体する。
思考は池である。
覗き込む行為そのものが、転落に等しい。
焼け死ぬ、という比喩が頭部をよぎる。
炎はない。
ただ青白い光が、網膜の裏で不吉に明滅し、
沈黙の中の心音が過剰に増幅される。
絶望は叫ばない。
それは整理された概念の顔をして、
当方の内部で静かに変容せしめる。
長い思索。
終わりのない一文。
存在は意味を志向し、意味は無意味へと帰結し、
無意味は再び存在を要請し、
その循環が池の水を濁らせ、
底の見えない冷たさとして身体に沈着する。
ここでは希望も否定も同価であり、
残るのは、思惟が自己を焼き尽くす過程だけだ。
思考は池である。
無限反復のみを許容する静水。
当方は倒れない。
すでに落ちているからだ。
それでもなお思惟だけが生き残り、
虚無を撫でるように反復される。